「母が、年齢を理由に契約更新してもらえません。どのように対処すべきでしょうか」。そんな相談が弁護士ドットコムに寄せられています。
相談者には、賃貸物件に住む母親がいます。日常生活に支障はないものの、介護の状態は「要支援1」となっています。
ところが最近、大家から「今すぐ出ていって欲しい。親の面倒は子どもがみるべきだ」という連絡があり、契約更新を拒否されたと言います。母親が喫煙することから、火災の発生を懸念しているようです。
「母の介護施設へ入居を検討しましたが、受け入れ先が見つかりません」と相談者はかなり困った様子です。
こうした高齢であることを理由に更新拒否されることについて、不動産トラブルに詳しい瀬戸仲男弁護士は、「認められません」といいます。
高齢の母親が喫煙者だということも大家側の懸念になっているとのことですが、これについても、瀬戸弁護士は「賃貸借契約の内容にもよりますが、仮に契約書に『喫煙禁止』の条項があったとしても、それだけで更新拒絶が正当化されることはないと考えます」と指摘します。
この問題について、瀬戸弁護士が詳しく解説します。
【この記事のポイント】 ・年齢を理由に更新拒否はできる? ・大家から更新拒否できる場合とは? ・立ち退きを求めることができる具体的なケースは?
●通知すれば大家は更新拒否できる?
——そもそもどのようなケースで更新拒否は認められるのでしょうか?
賃貸借契約(普通借家契約)の契約期間は2年であることが多く、2年が経つと期間が切れた契約が更新されます。今回の問題における「更新拒否」とは、この普通借家契約の契約更新を賃貸人(大家)が拒否することです。
ちなみに、定期借家契約は、賃貸期間の満了をもって当然に契約は終了します。更新はありませんので更新拒否はそもそも問題になりません。
借地借家法第26条第1項により、賃貸借契約の更新拒否をする場合には賃貸期間満了の1年前から6か月前の間に契約を更新しない旨を通知する必要があります。借地借家法によって、更新拒否の通知ができる期間も決まっていますので、いつでも更新拒否できるわけではありません。
——では、1年前から6か月前の間に通知すれば更新拒否しても問題はないのでしょうか?
通知をすれば必ず賃貸借契約の更新拒否が認められるということではありません。借地借家法28条には、次のとおり更新拒否する場合の要件が規定されています。
【借地借家法28条】
建物の賃貸人による26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
正当事由については、旧借家法の時代から明文化されていましたが(同法1条ノ2)、正当事由としては、賃貸人の自己使用の必要性しか挙げられていない不十分なものでした。そのため、その他の要因を考慮要素とする判例や裁判例が積み重ねられていき、借地借家法の制定時に上記の28条として規定されました。
●大家が更新拒否できる正当な理由は?
借地借家法28条の条文には、正当事由を判断する要因として次のものが示されています。
(1)建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情
(2)建物の賃貸借に関する従前の経過
(3)建物の利用状況
(4)建物の現況
(5)建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出
これらのうち、(1)が主たる要因で、(2)~(5)が従たる要因とされます。
まずは主たる要因として「賃貸人が建物の使用を必要とする事情」と「賃借人が建物の使用を必要とする事情」の比較衡量がなされ、それらだけでは判断できない場合に、従たる要因も加えて正当事由があるか否かを判断する、ということになります。
——主たる要因である「(1)建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情」とは具体的にどのようなものが考えられますか?
賃貸人側と賃借人側にはそれぞれ以下のような事情が挙げられるでしょう。
賃貸人側の事情:賃貸人の居住・営業の必要性や、建替・再開発の必要性等
賃借人側の事情:賃借人の居住・営業の必要性等
——従たる要因の(2)から(5)について、教えてください。
(2)建物の賃貸借に関する従前の経過:借家関係設定の事情、賃料額、当事者間の信頼関係等々
(3)建物の利用状況:賃借人が(契約目的に従って)建物を利用しているかどうか
(4)建物の現況:建物自体の物理的状況
(5)「建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出」:一般的に「立退料」の提供といわれるもの
この「立退料」という言葉自体は、よく聞く言葉ですが、ここで注意しなければならないのは、立退料は、上述のように従たる要因の一要素に過ぎないということです。
立退料さえ提供すれば正当事由が認められるわけではありません。つまり、立退料の提供は、正当事由がある程度認められる場合に初めて、その不足分を補完するための要因として考慮されるに過ぎないのです。
大家さんの中には「お金(立退料)を支払えば出て行ってもらえる」と勘違いしている人がたまにいますが、立退料だけで追い出せるわけではありませんので、要注意です。
大家さんからのよくある相談として「いくら支払えばいいのか?」つまり「立退料の相場」があります。
立退料にはそもそも定型的な計算方法というものはありません。結局は、裁判所が裁量によって決めることになります。裁判所は、移転の費用や、損失の補償などを考慮して考えることになります。
以上のとおり、簡単に更新拒否が認められるわけではありません。更新拒否が認められるための「正当事由」は相当高いハードルだと考えておきましょう。社会政策立法である借地借家法は、弱い立場にある賃借人が容易に追い出されるような事態を防いで保護することを目的としています。
このように、賃貸人が賃貸借契約を更新拒否すること自体は法律上可能ではありますが、容易には認められないのが現実です。
●借りた人が立ち退かなければならないケースは?
——では、正当事由が認められて、賃借人が立ち退かなければならない場合とは具体的にどのような場合でしょうか?
3つのケースが考えられるでしょう。
まず第1に考えられるのは、賃貸人が建物を使用する必要性が認められる場合です。
賃借人が建物を使用する必要性よりも、賃貸人が対象建物を使用する必要性が高い場合には正当事由が認められて更新拒否ができる可能性があります。
例えば、賃貸人が高齢で身体の不調によって家族と同居して老後の面倒を見てもらわなければならず、当該建物への入居が必要である場合に、正当事由が認められた例があります。
第2に考えられるのは、賃借人側に債務不履行があった場合です。賃貸借契約の債務不履行・契約違反の事実も正当事由の判断において賃借人に不利に考慮されます。
例えば、賃借人が家賃を何度も滞納している場合や、無断で建物を改装している場合や、他の部屋の住人に著しい迷惑をかけている場合が考えられます。
——今回の相談事例では、「喫煙」が問題になっているようです。契約違反に当たる場合はこのケースの問題になるのでしょうか
前述したとおり、喫煙だけでは弱いでしょう。
喫煙により、他の賃借人が迷惑して解約・退去して空室が生じたとか、タバコの火の不始末でボヤ(畳を少し焼いたとか、共用スペースである廊下・階段・エレベーターなどを焦がしてしまったなど)の場合は、違反の程度が重大だと考えられて、正当事由が認められる方向にいく可能性があります。
もっとも、違反が重大である場合には、要するに「契約違反の程度が信頼関係を破壊する程度に至っている場合」だと考えられますので、信頼関係破壊を理由に賃貸借契約の解除が可能です。
——3つ目の場合はどのようなものでしょうか?
第3に考えられるのは、建物の老朽化が著しい場合です。よくある相談です。
倒壊の危険性があるほどに著しく老朽化が進んでいる場合は、賃貸人の利益のためだけではなく、賃借人の安全のためにも建替えの必要性が認められます。正当事由があるとして更新拒否ができる可能性が高くなります。
ただし、「倒壊の危険性があるほどに著しく老朽化が進んでいる場合」かどうかは、難しい判断です。
築50年以上の建物は珍しくありませんので、現実には、「老朽化」だけで正当事由が認められる可能性は低く、立退き料の支払いがあって初めて正当事由が認められることが多いようです。
●契約期間が終わっても立ち退いてくれない場合は…
——正当事由が認められそうな場合に、更新拒否はどのように行われるのでしょうか?
正当事由を主張して立ち退きを求めるならば、法律で定められた期間内に「更新拒否の通知」を送らなければなりません。この場合、「証拠が残る形式」が良いので、配達証明付きの内容証明郵便で通知されるはずです。
契約に「期間の定め」がある場合は、契約期間満了日の1年前から6か月前に「契約を更新しない」旨の通知を賃借人に送る必要があります。この期間に通知を送らなかった場合は契約が法定更新されることになります。
なお、更新拒否の通知を行なった場合でも、契約期間満了後に賃借人が継続して建物を使用しているときは、賃貸人は遅滞なく反対の意思表示を行なう必要があります。
契約に「期間の定め」がない場合は、原則としていつでも解約の申入れが可能です。もちろん、解約申入れには正当事由が必要です。
正当事由があれば解約申入れを行なってから6か月経過した時点で契約が終了することになります。なお、契約の期間に定めがある場合と同様に、契約期間満了後に賃借人が継続して建物を使用している場合は、賃貸人は遅滞なく反対の意思表示を行なう必要があります。 もしそのような通知が届いた場合、正当事由が認められる可能性があるのか、どの程度の可能性があるのか、弁護士などの専門家に相談しましょう。