婚約者が推し活にはまっているという男性からの相談が、弁護士ドットコムに寄せられています。
男性と婚約者は離婚歴のあるカップル。入籍日も決めていましたが、婚約者から「気持ちの整理がつかない」と言われ、2回にわたって延期しているそうです。
その理由は、婚約者がハマっているという推し活でした。男性自身は、推し活を趣味として肯定的にとらえているとのことですが、「のめり込みすぎて現実が見えなくなるのはよくない」「自分を見失わずバランスよくやってほしい」と何度か、婚約者に注意したことがあったそうです。
そうした中、婚約者から「推し活が自由にできないなら結婚したくない」「推し活を止められない」などと言われ、結婚を延期してきたといいます。
それでも男性は婚約者に向き合ってきたつもりでしたが、突然、婚約者が「気持ちが萎えてしまった」といって、婚約の解消を告げてきたそうです。
「もう一度ちゃんと向き合えるなら慰謝料請求をしたくないですが、婚約解消の理由がどうしても受け入れられません」と男性の悩みは深いです。
気持ちを整理するためにも、婚約者に慰謝料を請求することは可能でしょうか。倉田勲弁護士に聞きました。
●「正当な理由」なく婚約されたら慰謝請求できる
——男性は、婚約者に「気持ちが萎えた」などと言われて、婚約解消の申し出をされています。男性から婚約者への慰謝料請求は可能でしょうか。
婚約は、将来の結婚を約束する法律上の契約に準じるものですので、婚約が成立しているにもかかわらず、それを一方的に正当な理由なく解消した場合、婚約の不履行または不法行為として慰謝料請求が認められます。
ここでの「正当な理由」については、以下のような一度成立した婚約(契約)を反故にしてもしかたがないと評価できるほどの客観的にみても重大な理由が必要になります。
・相手方の不貞行為 ・暴力・侮辱行為 ・経済的に婚姻が維持できない状況(極度の借金など) ・精神疾患など健康上の重大な問題 ・性的不能や性的忌避
一方で「価値観の違い」や「性格の不一致」では、もともと人と人とではある程度このような違いや不一致がある以上、そのような主観的な理由は「正当な理由」とは一般的には認められません。
これらを踏まえて、本件を考えてみると「推し活が自由にできない」といったことから「気持ちが萎えた」という主観的な理由のみでは、婚約破棄が正当と認められる可能性は低いでしょう。
したがって、本件の婚約破棄は 正当な理由がない と評価される可能性が高く、慰謝料請求も認められる可能性も高いとは思われます。
婚約破棄の慰謝料の相場としては、過去の裁判例などを踏まえると、数十万円~200万円程度の範囲で認められる例が多い印象です。
個別的な事情によりますが、婚約期間の長さや結婚準備の進行度、妊娠や中絶、結婚を契機とした退職や転居の有無などによっても慰謝料の金額は増減します。
●「婚約解消するなら慰謝料請求する」伝えてもいい?
——男性は慰謝料とは別に、結婚を前提に婚約者が男性の近くに引っ越してきた時の費用を請求したいと考えているようですが、請求は可能でしょうか。
損害賠償の内容としては精神的な慰謝料のほかに、婚約がなければ支出しなかった財産上の損害も請求は可能です。
財産上の損害として認められた例としては、結婚式場や新婚旅行のキャンセル料、新居の敷金礼金などの費用などがあり、婚約解消に伴う転居費用も認められた例があります。
本件の例でも、結婚を前提に婚約者が引っ越してきた時にその引っ越し費用を相談者の方が負担したのであれば、婚約がなければ支出しなかった財産上の損害と評価しうるので、請求できる余地はあるでしょう。
——男性が婚約者に「婚約解消するなら慰謝料請求する」と伝えることに、法的な問題はありますか。
慰謝料請求は法的権利ですので、その権利の範囲内で穏当に伝えることは問題ありませんが、伝え方などによっては「脅迫」や「強要」と評価される可能性があるため、伝え方には注意が必要です。
また、伝え方それ自体も注意が必要ですが、二人きりの場所では言葉のやり取りでヒートアップして言い過ぎたり、場合によっては手が出てしまうなど暴行や傷害に発展する可能性もあるため、仮に伝える場合は、第三者のいる喫茶店などで冷静に話をすることが重要です。
●慰謝料請求のデメリットも理解した上で判断を
——男性は、「気持ちも非常に不安定で、婚約者への未練を抑えるために慰謝料を請求するのは間違っていますか?」と悩みが深いです。男性にアドバイスをお願いします。
慰謝料請求には、一般的には次のようなメリット・デメリットがあります。
【メリット】 ・精神的苦痛に対する正当な補償が得られる可能性がある。 ・事実上のけじめをつけ、次の人生へ踏み出すきっかけになる。 【デメリット】 ・弁護士に依頼したり、訴訟になった場合、時間と費用がかかる。 ・相手からの反論でさらに傷ついたり、解決まで精神的に不安定となる
「未練を抑えるために慰謝料請求をしたい」という気持ちは理解できますが、法的手続きを通じて得られるメリットとデメリットをきちんと冷静に正しく整理したうえで判断することが重要です。
最終的にはその方の価値観ですので、法的に認められないような不当請求ではない限り、慰謝料等を請求するか否かについて、相談者の方にとってどちらが正解というものはありません。
ただ、少なくともきちんとメリット・デメリットを理解したうえで、後悔しないと決めた判断であればその方にとって正解なのではないでしょうか。法的なアドバイスをして相談者の方が法的な視点を踏まえたうえで判断をすることのお手伝いや法的手続きをとると決めて依頼をした後にその権利が実現するようお力添えをするのが弁護士かと思います。
慰謝料請求をするか悩んでいるということであれば、おひとりで悩んでも解決や良い判断には至らないと思いますので、一度法律相談をうけたうえで判断されてもよいのではないでしょうか。